年夜泣き石伝説

年夜泣き石 伝説(その2)

田子内 福地 タケ子

地域では「去り石」と呼んでいる。言沢から岩井川へ行く左手にあり、俗称「桂へくり」の東の山根にある。大きな岩石で、昔は夜な夜なその石の下で乳のみ児の泣 き声がしたという。夜泣きをする子どもの母親は、この夜泣き石に「願」を掛ければ、夜泣きがやむと信じ参拝したものだったという。昔はいつも「御初穂」かあがっていたものだった。
「去り石」といわれる理由は、ここ(正式には、岩井川字空堀)の巨大な岩石が何百年前の地震かは不明であるか、山麓の道路に落ちた。当時の人々が通るのに大変邪魔になっていた。しかし、どうすることもできなかった。たまたま諸国巡行をしていて通りかかった弘法大師が経文を唱え「しゃれ」(去れ)と喝を入れたところ、巨大な岩石は、転んで現在の位置へおさまり、横たえて猫の背のようになった。ということです。

田子内と椿伝説(その3)

  田子内に鎮座する天神社の御神体は、椿の木で彫刻されてているので、椿を粗末にしてはならないと言われている。田子内の区域には椿の木かなく、下田や蛭川、その他の地域には自生している。
また、一説では菅原道亘公か「梅の木」を愛してのあまり、椿を嫌ったともいう。
天神様の御紋は梅鉢である。旧東成瀬小学校の校章も梅鉢に「東」の字が入っている。


個人情報についてリンク・著作権について東成瀬村ホームページについて
Copyright (C) 2000-2005 東成瀬村. All rights reserved.