樹木にかかわる民話

樹木にかかわる民話 伝説その4

田子内 福地 タケ子

  昔、桧山台の奥地、北の俣の内、杉の又に大杉あり。里人呼んで神木となす。
仙台の殿様、これを伝え聞き、船の帆柱にせんと思いたち、数多くの人足をさし向けてこれを
伐り出さしめんと思いたち、これを伐りださしめんとす。杉の生えたる箇所は峰をへだてて出羽、
奥州の境に近し。
 人足等、斧を振って杉の根元を切らんとするに、周り数尋(すうじょう)に渡る大杉の切り口より
血流れ出てあまつさえ昼間切りくずせるところの木端は夜悉(ことごと)く元に返りて附着し、数日を
費やせども伐り倒す事能(あた)わず。
人足に一人いわく「木端は悉く焚くに如かず、然らば附着することなく容易に伐り倒し得べし」と。
衆、皆手を打って同ず。斯(か)くして数日後、かろうじて此の神木を伐り倒すことを得たり。
 よって大綱をもってこれを峰にひきあげんとし、数百人をそろえて引けども、件の巨木微動だもせず。
よって更に人数を増やし辛うじて一坂引き上げ、もう一息というところに至り、先ず一服と一同打ち
喜び、その場に休憩し、酒を呑み酔いて踊る。そこを「踊り場」という。しかもこの歓喜の最中に件の
帆柱はメリメリと大音響をたつると思う間もなく、地響きを打って反転し、あわやという間に多数の
人足はたちまちその下敷きとなり、無惨な最後を遂げたりとなん。
 帆柱のことは、神罰を恐れて、それきり沙汰止(さとや)みとなり、この帆柱材は、その踊り場に横たりしまま春風秋雨行く百年巨体は朽ち、葉積み、土かぶさりて、今も土手(どて)状をなしているとかや。
 その親杉のあとは、今も幾本かの曾孫(ひまご)杉が群がり生えているという。

〈東成瀬郷土史より〉


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