ふるさとへの便り
恩師との再会 …房総の地にて
村はまだ雪の残る三月半ば過ぎ… 房総は「菜の花満開」春爛漫と言いたいところだが、まだまだ底冷えのする彼岸のある日のことである。
それにしても今冬の雪、「春はいつ来るの?」と誰かに問いかけたくなるような故郷の春に比べたら、はるかに暖かい房総の春ではある。
“私たちがどんな処に住んでいるのか?”と遊びがてら母を連れ立ち出かけて来てくれた義妹の恩師がこの近くに居るらしいとのこと。せっかく来たのだから訪ねて見たいという義妹、小学校四年生から三年間担任を受け持ってくれた恩師だそうである。
岩井川小学校に赴任してきた「岩井川薫先生」… その先生の名前に不思議と親近感を抱いた子供ごころ… 直接学んだことのない私にとっても、すぐ思い出すことのできる先生のひとりです。
先生の住まいはここから十分ほど、早速電話を入れてみると… これから訪ねたいという突然の連絡にもかかわらず快良く応じてくれました。
折しも、赴任してきた年は三八豪雪だったとか。小学校の前にあった平家の宿舎がすっぽり雪に埋もれ、外から同僚の先生の助けを借りて脱出した話や、水道も風呂もない宿舎に家族三人、水は学校の水道から汲み、風呂は近所の親切に呼ばれたとの話に… そういえば、我が家でも父親が出稼ぎに行く冬の間などは、たまに近所同士でもらい風呂をしていたなと。隣近所と疎遠になりがちな都会では考えられない、ほのぼのとした「人と人のふれあい」の原点を見るようなとても豊かな気分になりました。
「どこどこで呑んでるよ」と… 電話をかけてくるというH君の話など、うれしそうに語り… 義妹が持っていった「松島での同窓会」(我々世代にはとても懐かしい「あの松島」を訪ねたそうだ)の写真に、遠き教え子の面影を重ねておられました。
余談ですが、先生の住まいは私のよく通る道路沿いにあり、この辺にはめずらしい横長の対称的な切妻屋根、車で走っていてもつい目をとられていまいそうな家なのです。話を聞いてなるほどと、設計管理は地元の建築士さんではなく、十文字(元は岩井川)の建築士さんとのこと。岩井川小学校にいた頃からのPTAを通じてのお付き合いとの事。こちらに家を建て十二年になるそうですが、この間、秋田の情報を携えて二度ほど訪ねてきてくれましたよと話しておりました。
平成十八年三月十九日
首都圏なるせ会 菜の花