ふるさとへの便り
思い出の上野駅 十八番ホーム
うえの〜 うえの〜 この声で目が覚め…東京への第一歩となる。
新幹線が開通するまでは、上野は東北の人々にとって東京の表玄関でもあった。
就職や季節労務などで、東京をめざす多くの人々が「夢と希望」を胸に降り立ち、また季節労務を終え、土産いっぱい抱えてふる里に帰る、お父さんたちが後にした様々なドラマを生んだ上野駅十八番ホームは終着駅でもあり始発駅でもあった。
平成十二年九月十八日、その十八番ホームが構内整備のため撤去されたということをニュースで知った。たいへん感慨深い思いがあり少し昔を探ってみたくなった。
哀愁と郷愁を漂わせる十八番ホームは、大正十二年の関東大震災の昭和七年三月三十一日に復旧再スタートとある。山手線も時少し遅れ大正十四年に復旧再開となっている。
その頃の列車は「鳥海号」・「みちのく号」であり、それぞれの夢を託した十八番ホームであったことでしょう。
くじけちゃならない人生も…廂宦@こころの駅…廂宸ニ歌われた駅も、今では様変わりとなり一抹のさびしさを感じざるをえません。このように時代の変化は、時として古い想い出を壊すことがあります。
そんななか、平成元年五月三日に「首都圏なるせ会」が発足した。当時一都六県に一三○六名の村出身者が存在と確認されている。そのことが会発足にあたり力強い原動力となった。
地道に変わりゆくふる里の支援を受けながら、この間「なるせ会」も、ふる里との交流と銘うち、秋の「須川・大柳沼・ふる里探求」、夏の「赤滝まつり・ふる里交流会」などを実施してきた。
次は春にと… 桜の季節を回想しながら思案をしているところである。
毎年恒例の総会(懇談会)も、臨時総会を含め十九回を数える。今年の総会も十一月二十三日と決まり、それぞれの「想い出と今」を語る楽しい一日であればと思っている。
湘南の地より 「なるせ会」役員 MT