“住めば都”とは言うけれど
旧雄勝郡皆瀬村字畑等木鐙(きあぶみ)をご存知でしょうか。
ダイレクトメールで目にした「秋田・消えた村の記憶」。
初版はひと昔前(いわゆる10年ひと昔)になる本であるが、非常に興味の惹かれるタイトルだと思いませんか。
戦後の高度経済成長は人々に豊かさと引き換えに、都市と地方の二極化を押しつけ、特に農山村部の過疎化現象を引き起こしたと言われる。
木鐙部落は旧皆瀬村の最奥に位置し、三戸の集落で形成されていた典型的な山里の集落であったらしい。その集落も戦前に一戸、戦後まもなく一戸と離れ、その後は集落の形成はなく、残った一軒も「高齢により…周囲に迷惑がかかるから」といった理由から平成5年に木鐙を離れたという。人里離れた雪国の一軒家、閉ざされた冬期の生活は、さぞたいへんだったろうと想像できる。
これだけなら…「良く頑張っていたな」と労(ねぎら)う話であるが。
一軒家とはいえ、こうした時代に電気も電話もひかれない生活の地が…
“住めば都”とは言うけれど、高度経済成長に流されることのない、静かな山里のくらしが故郷のこんなに近くにあったとは、生活の苦労その想像を超えるたいへんな驚きである。
…発電機は使っていただろうか。車はどうだったろうか。
とても気になる…
10年ぐらい前になるだろうか。増田町の滝ノ下部落を訪れたことがある。
中村より先に行ったことがなかったのであるから、近いようで遠い所であった。
その昔、十文字や増田からの帰り、「上畑行」のバスに乗らないように注意したことが妙に懐かしく、あてがある駅でもなかったがぶらりと行ったことを思い出した。
旧盆の時期でもあり、狭い道路の脇に夏祭りの準備がされていた。10人も座れば満席になりそうなテーブルと椅子が用意されており、夕方には集まってくるであろう「ほのぼのとした光景」を思い浮かべ、何とも言えない温かさをいただくことができた。
今年の夏は、その木鐙(きあぶみ)と滝ノ下部落訪れてみたいと思う。
toko