一般質問の目的は

2010年3月11日

Filed under: ノンセクション — admin @ 9:00:19

100311_1.jpg100311_2.jpg

体がその時のことを覚えていて敏感に反応してしまう、ということがあるものだ。

議会の運営全体に責任のある立場なので、今は、一般質問に立ってはいないが、その日がくるといつもの時よりも早く目が覚めてしまう。昨日も、これまでのどの議会の一般質問の日と同じで、かつて質問に立っていたときの緊張感を体が覚えているのだろう、質問をやる当事者ではないのにやはり4時少し前には目が覚めた。体が、その時の心の張りを忘れていないのである。一般質問とはそういうものなのだろう。

その一般質問を昨日3議員が終えた。この質問や議案への質疑をめぐっても、全国では、一問一答方式とか、答弁側への反問権の付与とか、答弁側にも一回目の答弁要旨を出させた方がよいとか、あるいはすべて質問項目だけで要旨の通告なしでやった方がよいとか、「議会活性化」の一環として様々な議論と試みがあるようだ。

そういうところに活性化への積極面を見いだす方々は、そうしたとりくみに努めればよいと思うが、私は、議会運営をめぐるこれらのことについても、当議会については今のままで十分と考えている。こうした改革には、おうおうにして机上論が跋扈する。

むしろ、一般質問や質疑については、質問、質疑のための入念な準備をし、可能なあらゆる方法で資料を集める、事前に職員から必要な情報を聞くなどし、質問では質したいことをできるだけ詳しく通告し、詳しい答弁を引き出すことに精を注ぐことではないかと思う。

質問の目的は、答弁側を立ち往生させるためとか、あるいは答弁側の反問などではなく、「住民のために、提案をし、必要であれば適切な批判をし」議員必読文献の「議員必携」も書く「政治姿勢と政治責任を明確にさせる」建設的議論をするところにあると思う。

わが議会では、質問・答弁に時間制限を設けていない。だからといって長々とやる議員も答弁者もいない。法というものは、人と社会の常識を破る人間が出てくるために必要となるものであって、極論ながら、できるなら法など必要ない社会が望ましいのだろう。それと同じで、議会によっては、常識の範囲をこえる質問時間を費やす方が出るから、質問時間に規制が必要となる。自分で自分の首をしめてしまうのである。

体が緊張を覚えている一般質問が、ともあれ終わり、陳情なども議了した。今日は来年度の予算案審議が特別委員会で行われる。村長改選をひかえ骨格予算だが、これまでの決算審議などをふまえて、どのような質疑が今日は交わされるか。

冬の間、道路から除雪された雪の山をあちこちで崩される作業が終わりに近づいている。ビニルハウスの除雪作業も急ピッチ。我が家の花木の冬囲いも、雪の中に隠されていた姿を見せ始めた。

3月村議会はじまる。村長四選にむけ出馬を表明

2010年3月10日

Filed under: ノンセクション — admin @ 9:00:38

3月定例村議会が昨日から始まった。この間、ハイチ、チリと被害の甚大な大地震が連続していた。議会は被災先への義えん金へも対応していたが、あらためて本会議でお見舞いを申し上げ、内外の支援強化による早期復旧を願った。

今議会は来年度各会計の当初予算案審議が行われるとともに、村長改選(5月18日告示・23日投票)をひかえた議会でもある。22年度は、村の今後の各政策に最も大きな位置づけをしめる新しい「村総合発展計画」を樹立する年でもあり、そういう意味でも村政の歴史の上で一つの重要な節目の年度である。

開会冒頭の村長施政方針と行政報告では、報道各社が傍聴のなか「4選への出馬」を佐々木哲男村長が表明した。いろいろな重要施策が途中のものもあり、新たな村勢発展への関わりなどを考慮しての出馬表明のようだ。表明を聴いて、議員各位はそれぞれの思いをもっただろうが、そんなに遅くない後に、議員や住民の感想は私にも聞こえてくるだろう。

今日は3議員による一般質問がある。「地方、市町村の活性化イコール、まずは地方議会、市町村議会の活性化」というのは長きにわたっての全国共通課題。全議員による建設的な議論を柱とする一般質問などの展開は、いわばその前提のようなものだろうが、全国の地方議会で、それが主流になるにはまだしばらく時間がかかりそうである。

なかには、いろいろな形(条例)をつくって議会活性化を誘発、起爆させようとするところがあるようだが、私は、パフォーマンス・形よりも、実質のなかみをまずつくりあげることに力を割きたいと思っている。そして、それをつくりあげる最大の要因は、先日の落語の噺でとりあげたように「いいお客がいい芸を育てる」に相通う「住民のとぎすまされた自治意識こそが、いい議会をつくる」にあると思う。有権者のより高い民主主義意識が議会の質を高める、これは国会にも通ずる一つの法則だろう。

一般質問ではいくつかの村の重要課題が問われる。しばらくの間質問に立っておられなかった議員さんの質問通告も久しぶりにあり、どんな質問と答弁が交わされるか。

ところで、先に県町村議会議長会から自治功労表彰をいただいていた。その副賞を出す先例が村にあり、開会前に貴重な目録をみなさんの前でいただいた。ありがたいことである。

受賞に先立ち目録のなかみを決めなければならず、「本人が希望するものを」ということで、それならとりあえず「デジタルカメラ」ということにしていたが、副賞の定額は1万円。ほしいカメラを手に入れるには、副賞にドンとプラスしなければならず、「副賞」と書かれためでたいノシ袋は、まだほしい現物に形を変われず袋のままである。

今の子ども達はほんとに立派です

2010年3月9日

Filed under: ノンセクション — admin @ 9:00:20

100309_1.jpg100309_2.jpg100309_3.jpg

19人の村の生徒たちが、おだやかな日和の中で昨日卒業式を終えました。

卒業祝賀会にもご案内をいただき、帰宅してすぐ妻に、毎年のことと同じように「今の、わらし(子ども)だなば、あんまり立派で、なんにも言うごどねぇ」と報告しておきました。

祝賀会の席で、ある方が私に「これも教育のおかげなべ」と言われましたが、自然豊かな中で、手塩にかけて保護者も学校もやるべきことをしっかり尽くせば、こういう立派な子どもたちに育ってくれるのでしょう。

中学3年間だけでなく、15年間これまでの育ちの全体を通して家族や保育園、小学校、そして義務教育仕上げの中学校と、すばらしい卒業生たちを生み育てささえてくれた保護者、先生のみなさんに感謝感謝の昨日でした。

3月のこのシーズンになれば、どうしても自分の卒業の当時に思いを馳せます。同級生の大半は(私もその一人ですが)、この3月の義務教育卒業でいきなり社会に出て、働く場で大人たちに揉まれる毎日となりました。

仕事では、質は別にして量だけは一人前をこなすのに必死。まわりの大人たちは一人前の手間賃に値する労働の量とともに、質をも15、16才の若者に求めるのはごくあたりまえの時代でした。そういう私たちからすれば、高校全入時代の今、村の子ども達は学びが最も必要な時に十分に学問(スポーツや文化活動)に励めるのですから幸せ者です。

昔から「びゃっこばり(少しばかり)、ホジねえたて(さかしくなくても)、マメなばえぇ」と言われました。もちろん健康は第一ですが、せっかく入れる高校ですし、高校、さらに大学と村独自の充実・先進的な奨学金制度や高校生通学費助成もあります。生徒達には、やはり自分から進んで学ぶという姿勢をこれまで以上に大事にしてほしいと思います。

私らの当時とちがい、あまりに立派な卒業生のみなさんに学力での「ホジねぇ」の言葉はまったく当てはまりませんが、どんな分野でも、自分から創造性を発揮して新しいものを生み出す、そういう進取の気概にあふれる人間に成長してほしいと思いました。

ひきつづき全国一クラスの学力レベルとされるわが村の大きな可能性をもった卒業生たち。中学校でつくった土台の上に、この後も生きた学問の力をさらにしっかりと身につけて、二十歳の頃、三十歳の頃にどんな成長の姿を見せてくれるか、大いに期待しますし、楽しみです。

おだやかな文化祭の一日

2010年3月8日

Filed under: イベント — admin @ 9:00:47

100308_1.jpg100308_2.jpg100308_3.jpg100308_4.jpg100308_5.jpg100308_6.jpg100308_7.jpg

集落の真ん前、成瀬川をはさむ向かいの山で、おととい夜にかなり大きなヒラ(底雪崩)がありました。ヒラを連続して落とすような雨模様の日々を過ぎたおだやかな昨日、私の集落恒例のコミュニティ文化祭が今年もにぎやかに行われました。

戸数220余戸のわが集落。それぞれの趣向をこらした写真や民芸・手芸などの作品展示をはじめ、集落の人々が核のひとつになってがんばっている子ども仙人太鼓、カラオケや歌謡踊り、民謡、今や盛りのYOSAKOI仙人響踊りなどが披露されました。

文化祭には「講演会」という企画もあり、今年の演目はプロの噺家を招いての「寄席」。
大相撲から噺家の道に入られた三遊亭歌武蔵(岐阜出身)と早大法学部出身の柳家甚語楼(埼玉出身)の真打ちお二人の師匠による噺に久しぶりに大笑いしました。

終わって反省会のイッパイ飲みにも加わってもらった師匠お二人。「全国をまわるが、ほんとに寂しい所もある。しかし今日は、聴いてもらっているおばあちゃんたちを見て、この村は元気があると思った」との意味言葉を語ってくれました。「お世辞は言わない。お世辞はカオに出てすぐにわかるから」との言葉もそえてくれましたが、ばあちゃんのみならず、この村、集落の人々に元気があることはその通りなので、うれしくなりました。

お一人でやられる噺とちがい、二人の共演となれば「どちらがお客にウケルか」の真剣勝負となり、それこそ「食うか食われるか」の噺家の「競演」火花が飛ぶのでしょうが、そういう競る席を見させてもらったことも私にはいい勉強になりました。

枕元に「小沢昭一がめぐる寄席の世界(朝日新聞社)」という本があります。この本は小沢昭一と落語家や講談師、浪曲師、評論家など12人のその道一線級の方々との対談が収められたものですが、そこで語られている言葉には「いい客がいい芸人を育てる」というなかみがぎっしり詰まっています。軽い笑いでなく深い笑い、それをつくるのは厳しい目をもったお客さんだということは、どんな世界にも通ずることではないでしょうか。

ところで、歌武蔵師匠の母親はお隣宮城の栗原市ご出身で、お父さんも相撲社会を過ごした後に今はお寿司屋さんを営んでおられるそうです。おばさんが横手市雄物川ご出身の方と結婚されておられるそうで、「縁とはわからないものですねぇ」と語り合いました。

昨日、村に移住されている岐阜や埼玉ご出身の方々のことに触れていて、今日もまた岐阜や埼玉と係わるご縁。人の縁とはほんとにおもしろいものです。

それにしても、今年の3月は、まことにおだやか。空がかたよっておとなし過ぎると「後が、おっかねぇ」との言葉がそろそろ交わされるようになるかも。

人がひとを呼ぶ

2010年3月7日

Filed under: ノンセクション — admin @ 9:00:56

村とはまったくの縁もゆかりもなかった方々の移住が、年をおうごとに少しずつ増えていてうれしい。

近年でのそのさきがけは、17年ほど前に桧山台にそんなに立派でない新居を築き、定住されたIさんご夫妻(当時、夫は30才代、妻は20才代後半とお聞きしたが)。ご夫妻は、桧山台の方々がそれぞれの事情でここ数年ですべて集落を離れるまで、住民たちとの信頼を築きながら過ごされ、予想外のことだったろうが、今は、「先住」の方々が誰もいなくなった集落で、Iさんたちだけで暮らしている。

大阪生まれのIさんは出家された方であり、仏道に生きる宗教者ならばごくあたりまえの生き方なのだろうが、「困っている人がそばにおれば、自分のできることでは、なんでも手をさしのべる」という面倒見のよい方でもある。岐阜県生まれの妻Kさんは、村の生活になじむ中で民生委員や福祉関係のお手伝いもつとめるなど、お二人とも、大柳地区の人々の様子については私よりも詳しく、移住された方とは思えないほどに村人になりきり、「んだ、んだ」などと、ムラ言葉をそう難儀しないで発するほどになられている。

その後10年ほど前に、埼玉から別の新婚ご夫婦のSさんたちも村に移住してきた。移住後には3人のお子さんにも恵まれ、小さな農業と、趣味、特技などを生かした多彩な発想のうごきで、ご本人たちに言わせれば「なんとか、かんとか」一家5人がんばっている。テレビや地元出版社から発行した書籍などでも広く知られており、奥さんが手がけるブログをはじめ夫妻のホームページからの発信もイキが長く、好評のようである。

その、Sさんご夫妻を通じて村へ移住された方が他にもおられて、事情があって数年前に村から長野県に再移住をされ、その地に住宅を新築したと言うOさんご夫妻は、毎年の年賀状で長野に住みながら「今でも東成瀬村ファン」であることをつづるお便りを下さる。

Sさんの意気に投合されたのか、横浜出身の30才代のKさんも村に移住し、今は森林組合を主な働き場所とする青年村民だ。SさんもKさんも村の消防団に所属したが、地域に生きる彼らの「覚悟」を、そういう面からもうかがうことができる。

そうした村への移住の小さな流れがあって2010年。今度は、Sさんご夫妻の友人である40代のご夫婦(四季折々の村を何年も訪れている)が「東成瀬村に住みたい」と、先日にそういう目的で村を訪れ、私もお二人の決意のほどをお聞きすることになった。

まさに「人は人をよぶ」である。今度お話をうかがったご夫妻は東京生まれの東京育ち。「自然の豊かななかで暮らしたい」と、国内いくつかの山村をまわられたそうだが、「東成瀬の山・自然には力がある」と語っておられた。村としては移住大歓迎。ご夫妻が決断へと踏み切られるには時間を要するだろうが、是非実現されるよう心待ちにしている。

コツコツの積み重ねに敬服

2010年3月6日

Filed under: ノンセクション — admin @ 9:00:34

100306_1.jpg100306_2.jpg

どんなことにでも、コツコツと地道に、ねばり強くがんばっている方がおられるものであり、私はそういう人の生き方に敬服します。

私より二つ歳上にあたるIさんも、そういう方のうちのお一人で、高校卒業以来、家業であった鮮魚などの小売り仕事に就かれ、自宅にお店をもちながらも移動販売車での小売りに主力を割かれてきました。

今、村内の鮮魚商で本格的な移動販売をなされている方は、たしかIさんも含めてお2人のはずで、いずれも村民にとってはなじみの「なくてはならない、ムラの魚屋さん」です。

Iさんは、この道40年以上の大ベテラン。この国の高度成長期からバブル崩壊、そして長く続く大不況時代に、鮮魚商という目で、それぞれの時代の人々の毎日の「食」を見つめてきた方です。Iさんのような方々こそ、社会背景を映す人々のくらしの動向を最もよく知る、ある意味での「食からみる庶民歴史の証人」と呼べる方と言えるかもしれません。

文字通り雨の日も風雪の日も、ほとんど休みなく40年以上。ハッハッハッハッと快活な笑いで一つのことを貫いてきたIさんのコツコツ人生には、他のコツコツ人生を貫いてこられた多くの方々へと同じように、それは仕事で当然のこととは思いながらも「えぐ、がんばるもんだな」と、敬意の情が湧いてきます。

Iさんの移動販売車から流れる、こぶしをきかせた「都はるみ」や「三波春男」などの歌を春夏秋冬の里や山で聞き続けた私は、今年、齢60の道にむかって走りはじめていますが、過ぎた30年以上、週末には必ずと言ってよいほど、どこかで私の動きとIさんの動きの行き会いがありました。Iさんの目には、私を含めたそういう人々とのムラの辻々での行き会いの歴史が刻まれているかもしれません。

「いつか、じっくりと、生きてきたその道のお話をお聞きしたい」そう思ってあたためている対象の方が、私の懐にはいっぱいおりますが、Iさんもそのうちのお一人。「どんな40数年だったのか」ゆっくりと、いつか、うかがいたいものです。

運転免許更新講習

2010年3月5日

Filed under: ノンセクション — admin @ 9:00:33

車の運転免許(普通自動車、旧大型自動車、旧自動二輪車)更新の時を迎え、30分間講習の案内がきていたのででかけた。

講習では、全国や県内の事故発生のなかみやその原因が語られたが、運転者の事故では、わき見運転を原因とする事故が最も多いことに関心をもつとともに、「これは、自分だけでなく、家族全員に気をつけさせねば」と改めて感じた。

便利であるとともに、車は時に「走る凶器」とも呼ばれることがある。凶器にしてしまうのは運転する人だ。ちょっとした過失や判断ミスが重大な死傷事故につながるのが車。ハンドルを握ったら、「車から下りるまで、他人と自分の命と常にむきあっているのだ」ということを忘れたくないものだ。

飲酒運転についても、事故状況の重大性から罰則が強められたことは承知していたが、都会と違い、通勤、移動手段を主に車に頼るしかないという地方では、「酒気帯び運転」への注意が大変大きくなっている。

酒気帯びへの罰則がまだ以前のように緩やかな時と違い、前夜にお酒の入った翌日に基準値のアルコール量があればアウトとなり、社会的、法的制裁が待っている。お酒の好きな通勤者にとっては、「残るような酒は絶対イカン」なので、こちらへの気配りも必要だ。

車社会への発展は、「次の日までに酒が残りやすいかどうか」で、日本人の「酒文化」にも様々な側面にじわりと影響を与えてきたが、そろそろその影響がくるところまできたような気を、私は感じている。

さて、私の今度の免許更新予定は5年後。その時まで、なんとか事故や違反で摘発されるようなことのないよう努めたいもので、毎日、「安全運転」のかけ声を忘れないようにしたい。

日ごとに春を感じます

2010年3月4日

Filed under: ノンセクション — admin @ 9:00:51

100304_1.jpg100304_2.jpg

おととい朝、とくに除けなくても差し障りがなかったのですが、久しぶりに除雪トラクターをうごかしてみました。

いつもの年だと、「爆弾低気圧」などと呼ばれる、台風なみ、あるいは弱小台風以上の勢力をもつ低気圧によって猛烈な風雪にさらされることがある2月末から3月はじめなのに、今年は、そういう「爆弾」が生まれないまま、除雪作業もこれで終わりとなるのでしょうか。

陽ざしもあたたかくなり、国道とわが家を結ぶ私道に水を流し込んだら、たちまちのうちに厚い雪が解け流れました。ただ、不便な高台にある我が家は、家への出入りにはもう少し残っている雪を踏んで通らなければならず、長靴履きを終われるのはまだ先になります。

春は向かいの山にも見え始めています。山の峰にできるとくに大きなダシ(雪庇)は、自分の重みで峰からずり落ち始め、山の斜面にはヒラ(底雪崩)を予兆させる雪のひび割れ口が所々に開きはじめています。

こうしたダシの崩落により峰に近い斜面の雪解けは最も早く進み、ホンナやウド、ゼンマイなど、春の山菜の初物はこんな所から採られ始めます。

カモシカ、クマ、ノウサギなどの動物たちも、おいしい野草(山菜)の早く芽を出す場所を知っていて、もうひと月半もたてば、彼らはそういうところに集中し始めます。

きのう、真人ヘグリを久しぶりに通ったら、マンサクの花がやっぱり咲いていました。

山野を駆けるノウサギにも、夜のデートと深いランデブー行の跡が見られるようになっています。夜の熱く深いつきあいの終わったオスとメスは、双方そんなに離れない場所の雪穴に隠れて日中を過ごします。ノウサギのオスとメスが近づいている、そういう生態をかいま見るようになれば、これも春がきたしるしなのです。

税申告の季節に農と格差を考える

2010年3月3日

Filed under: ノンセクション — admin @ 9:00:37

村役場の税務課職員3名が、2月から村内各集落をまわって行っている税金の申告相談活動が大詰めの時期をむかえています。

私も、準備されていた日程に都合が悪かったので、おととい、予定より早めの申告を済ませました。

わずかのお米の販売と作業受託収入がある我が家ですが、農業収入の規模に比べて農業機械への投資が大きすぎることを、できあがった申告書をながめながら毎年のように思います。

ざっと並べてみれば、育苗器械一式、小さいながらも育苗ハウス、トラクター、運搬機、代掻き機具一式、小型コンバイン、乾燥機、籾すり機、中型ロータリー除雪機械、作業倉庫、2棟の農機具格納庫、そして、軽トラック、それにありとあらゆる小農具類という具合です。

こういう状態ですから、なんのために赤字農業をやっているのか時々わからなくなる時もありますが、しいて理由をつければ「たんぼを荒らしたくないため」と「清流と減農薬で栽培した自分のたんぼから獲れたおいしい『あきたこまち』を食べたい」こと、「農作業の難儀さの後にむかえる収穫の喜び」を味わえることなどが、農業を続けている大きな理由と言えます。

申告の度に思うもう一つのことは、私らのような勤め人でない者が支払う社会保険料の金額の大きさ。国保税と国民年金の本人負担の大きさにはほんとに毎年びっくりです。これらは、他の社会保険料や年金なみに、もっと国庫負担を増額し本人負担の軽減をはからないと、未納、滞納者は増え続けるばかりでしょう。とくに自治体にとって深刻な国保税については、国の負担を以前の割合に戻すだけでも大きな改善策となります。

国保税の未収は、全国的に市町村の重大な問題となっており、国政としての対応策の必要は待ったなしと思われます。国民年金は、本人負担の掛け金の大きさに比べて受け取れる年金はほんとに少額。負担と受給の、他の年金等に比べた格差の大きさもひどいものです。

ある方に日本年金機構から送られてきた「年金定期便」には、その方の65才から受け取れる見込みの年金額が書かれてあり、それは80万円以下。国民年金だけの老後では「生きてゆかれない」これが一般の現実です。すべての国民が等しく老後に不安のないよう、国策としての最低保障年金制度の確立がどうしても必要。それをこの受け取り見込みの年金額がよく物語っています。

議会の部屋から灰皿撤去

2010年3月2日

Filed under: ノンセクション — admin @ 9:00:36

100302.jpg

先日、議会の全員協議会を終えて、議員のみなさんが席を立たれる前に「ちょっと、みなさんにお願いしたいことがあります」と、一言、お願い調で言葉を切り出した。

みなさんは「何かな?」と思っただろうが、お願いの用件は「3月になったら、議会の部屋すべてからタバコの灰皿を撤去するので、理解と協力のほどよろしく」ということ。こういう措置を今頃になってとるわが議会は、世の流れから遅れていたのかもしれない。

もちろん「異議なし」の結論となったが、議員の中で現在も「少数派となりながら、がんばって」喫煙を続けておられる方は4名おられる。役場庁舎内は分煙をとっているが、議員の控え室、応接兼こちらの仕事部屋などは喫煙OK体制を崩していなかったので、この度の「決断」はタバコを嗜む方にとってはお気の毒なことだった。が、公共施設のみならず、今はおおかたの家庭内でも分煙はごくあたりまえとなっているので、もういたしかたないだろう。

遅まきながら灰皿のなくなった控室とこちらの仕事部屋。かってヘビースモーカーだった私にしてみれば少しさみしいような気もするが、健康にはまったくもって害の大きいタバコに対する、世の中の急激な意識変化があるからやむをえないだろう。分煙、あるいは禁煙は、情けをすててやはり徹底すべきなのである。

ですから、タバコを嗜むみなさん。あなたの体だけでなく、その煙があなたの愛すべき人、妻や家族の健康までをも蝕むことをよくよく考えれば、タバコとの縁は、そろそろお切りになったほうが良いですよ。愛するひとびとの体を受動喫煙で侵す張本人役とは、そろそろおさらばした方がよいですぞ。

次のページ »

個人情報についてリンク・著作権について東成瀬村ホームページについて
Copyright (C) 2000-2005 東成瀬村. All rights reserved.